第8話 血斗(マツリ)は誰がために

今日は縁日だった。神社に繋がる石畳の通りを、提灯のほの暗い光が照らし、出店が一杯に並んでいた。色鮮やかな浴衣を着た人たちが行き交っていた。
「うわぁ! 今年も盛り上がってるね。綿菓子おいしそう。たこ焼きも焼きそばもいいなあ」
見月そはらが通りに入っていき、子供みたいな声をあげた。
「食いもんばっかじゃねえか」
俺は呆れるみたいに、頭の後ろに手を回した。
「いいでしょ、別に」
「あんまり食いすぎるとデブに……」
そはらが振り返り、無言で手を振り上げた。
「いや、何でもないです」
俺、弱ッ。
ふと振り向く。ニンフがリンゴ飴を売っている店をじっと眺めていた。
「なんだ、欲しいのか」
俺はニンフの側へ行き、話しかけた。
「別に」
ニンフはあっとなってぷいんとそっぽ向いた。
ニンフが何かに気付いたように目を向けた。その方向を見ると、出店の前でイカロスがしゃがみこんでいた。なにやら、にわかに人が集まりかけている。
「おい、イカロス。何かいるんだったら、買ってやるぞ」
俺はイカロスに近付きながら親しげに話しかけた。
「マスター、これ……」
と振り向く。イカロスは両手一杯のひよこを抱え、賑やかにぴよぴよと鳴いていた。
「ダメ! 一匹にしなさい!」
ズッコケそうだった。
「智ちゃーん。屋台見ないの?」
「いま行くよー!」
人ごみの向うでそはらの声がした。俺は返事を返し、イカロスの手を引いてそはらの後を従いて行った。
しばらく歩いていると、人だかりにぶつかった。何だろうと人ごみを掻き分けて覗いてみる。そこに現れたのは射的屋――らしのだが、どこか様子がおかしかった。
「いらっしゃい」
射的屋のおっちゃんが、異様に渋い感じで俺に声をかけた。
それに対し、俺は茫然と立っていた。置いてある銃はあまりにも本格的なピストルやライフル――。どう見ても本物にしか見えない物騒な物々しさがあった。
「ねえ、ともちゃん、何か変だよ、この射的屋さん」
そはらが怯えるような声で俺の手を握った。俺も同意だ。
「店には銃ばかりで景品が1つも見当たらないな。射的屋なのに、撃つべき対象がないとは」
守形英四郎先輩が現れ、ずばりの疑問点を突いた。
「先輩、来てたんすか」
「ああ、美香子に呼ばれてな」
英四郎先輩はいつものクールな感じで眼鏡のブリッジを直した。
「祭ってな〜に」
ふと呼びかけるような声が俺たちの頭上を通っていった。そこにいる全員が声がした方向を振り返った。少し行ったところに本殿に続く長い石階段があった。その中頃の屋根の下に、五月田根美香子会長が浴衣姿で立っていた。
「祭って、本来街中が一体となって楽しめるものではなくて? そこで、我が五月田根家では街中が一緒に楽しめるように、と思って、プロの夜店屋さんを呼んでみました〜」
五月田根会長はいつもの朗らかな微笑で、皆に声をかけた。
「何か悪い予感がする……」
五月田根会長が微笑むのは、よからぬ事件の前兆。何となくそんな気がした。というか「プロの夜店屋」って何だ?
「ルールは簡単。そのコルク銃でサバイバルゲームを行い、最後まで生き残った一人に、豪華賞品をプレゼント」
「豪華賞品って?」
そはらが訊ねた。
「これよ。現生1千万」
五月田根会長は微笑を浮かべて、1万円札の束を手に持ってひらひらさせた。
そこに集った全員がええー! とどよめきの声をあげた。
「なるほど。夢さえも買える金額。そう言いたいのだな」
守形先輩がやる気たっぷりにライフル銃を手に取った。
「ちょっと、先輩!」
「何か面白そうだね。私たちもやろうよ、智ちゃん」
そはらが楽しげに俺を誘った。
「う〜ん」
俺は拳銃を1丁手に取った。確かに1千万円は魅力的だけど、な〜んか嫌な予感がするんだよな……。
祭に集まった――というかほぼ街中の全員が手に武器を持ち、神社の本殿に集った。
しかしニンフが、ふらりと集団から離れていった。
「あ、ニンフ。参加しないのか」
俺はニンフの後を追って声を掛けた。
「別に。興味ないもん」
ニンフはちらと振り返るけど、素っ気なく言い捨てて去ってしまった。
「それでは町内のみなさ〜ん、一緒に思う存分、打ち合って愉しみましょ〜」
五月田根会長が伸びやかな声で呼びかけ、手に持っていたピストルを持ち上げた。
そこに集った全員がざっと左右に散っていた。俺だけが、あれ? と取り残されてしまった。
「サバイバルゲーム、はじめ!」
五月田根会長のピストルがパンッと音を鳴らした。
同時に、左右から一斉掃射が始まった。俺は慌てて身を低くし、そこから離れた。
流れ弾に当たっちゃ敵わん。とりあえずこうして身を低くして、ライバルが少なくなるのを隠れて待っていよう。
と思ったのだが、即座に誰かに見付かってしまった。公民館のおばちゃんだった。足が痛い、と普段から言っていたのに、信じられないくらいの元気さで俺を追跡してきた。
俺は走って逃げるけど、正面から八百屋のおばちゃんがマシンガン片手に突撃してきた。さらに幹の陰から魚屋のあんちゃんが拳銃で俺を狙う。
俺は3人同時に狙われ、走って逃げた。その追跡に、いつの間にやらクラスの女の子3人が加わった。
俺は走って走って、何とか追跡の手を逃れて幹に隠れた。追跡者たちはどうやら俺を見失ったようだった。ほっと息を吐く。
「甘いわ!」
茂みから公民館のおばちゃんが飛び出した。公民館のおばちゃんは老齢とは思えない鮮やかさで、空中で身を躍らせ、反転しながら俺に銃口を向けていた。
「討ち取ったり!」
俺は覚悟して、身をかばった。
が、どこかで衝撃が走った。公民館のおばちゃんは急に力をなくし、顔面から地面に落下した。
どこかにスナイパーがいるのだ。この闇に落ちる森の中で、スナイパーが潜み俺達を狙っている。
俺たちは共同戦線を張り、幹の陰に身を潜めた。しかし次々と撃たれる。クラスの女の子3人に、魚屋のあんちゃん、八百屋のおばちゃん、ついに俺一人残されてしまった。
もはや、これまで。そう思ったとき、頭上で何かがぶつかりあった。
茂みから突然、守形先輩と五月田根会長が飛び出した。守形先輩と五月田根会長は走りながら拳銃を連打した。しかしそのどちらもヒットしなかった。
守形先輩と五月田根会長が接近した。白兵戦を交えながら互いを銃で狙う。しかしその全てはすんででかわされ、コルク弾は背後の闇に消えた。
「やるな会長! 腕は互角と見た!」
守形先輩が一歩身を引いた。
「ならこれで勝負よ!」
五月田根会長が刺の突いた物騒なグローブを身につけた。
それに対して、守形先輩はなぜかナイフとフォークだった。
その時、悲鳴が聞こえた。振り返ると、悲鳴を上げて逃げ惑う人達がいた。空中から激しいコルク弾の嵐が降り注いでいた。空中を飛ぶのは、ガトリンク銃を持つイカロスだった。イカロスは空中をゆるやかな速度で飛び、容赦のない一斉掃射を始めていた。
間もなくイカロスの過ぎ去った後に、累々たる屍を現れた。残った人たちも、茫然と戦意を失っていた。
イカロスは弾丸を撃ちつくして、死体の山の上にゆっくりと光臨する。
そのイカロスを、俺は狙い撃ちにした。
「こら! やりすぎだ、やりすぎ! お前はもういいから大人しくしてろ!」
俺はイカロスに怒鳴った。
「はい、マスター」
イカロスはガトリンクガンを手にしたまま、夜空にすいーっと姿を消していった。
俺は改めて大量の死体が転がる風景に目を向けた。
「しかし、イカロスのおかげでかなり人が減ったな。これって、本気で狙えるんじゃないの、一千万? よーし、行っちゃえー!」
俺は元気になって森の中に駆け込んだ。
しばらくして、俺はクタクタになってあの渋いおっちゃんのいる出店の前に向かった。
「ねえ、おっちゃん。あと何人くらいいるのかな。俺、もう疲れたよ。ねえ、おっちゃん聞いている?」
俺はぜいぜい言いながら顔を上げる。
するとおっちゃんは、何も言わず拳銃を俺に向けた。玩具とわかっていても、俺はビックリしてのけぞった。
おっちゃんは銃を宙に向けて撃った。派手に炸裂音。火薬の光が網膜に残像を残した。
木の枝が返事のように落ちてきた。
「お、おっちゃん! それ、それってもしかして……」
俺は腰を抜かしておっちゃんの拳銃を指さした。
「ああ。モノホン混じってたわ」
むしろおっちゃんは楽しげに微笑んでいた。
「こーけー!」
言葉にならない想いだった。
「もう一丁くらい混じってても、おかしくねえけどな」
さらに楽しげにおっちゃんは言葉を重ねる。
おい、そんな。誰かが本物を持っている……?
「智ちゃーん、みーっけ!」
そはらの声だ。
振り向く。サバイバルゲームに夢中で人がいなくなった祭の通りに、そはらが一人で立っていた。
「ずっと探してたんだよ。なのに智ちゃん、どこにもいないんだもん。置いてけぼりなんて、つまんない!」
ズドンッと一発。俺のすぐ側に着弾した。石畳が削れ、煙を噴き上げた。辺りにやばい感じで硝煙の匂いが広がった。
「おっちゃん、まさかあれじゃないよね」
「ああ、それ」
おっちゃんが簡単に答えた。
「すごーい! 最近の玩具って、よーくできてるのねえ」
そはらは楽しげというか、どこかぶっ壊れた感じで声を上擦らせていた。
「そはら待て、落ち着け」
「あははははは! 楽しい!」
そはらが拳銃を乱射しながら追いかけて来た。
「おかしいだろ、その銃、何かおかしいだろう!」
俺は喚き散らしながら走った。
そのまま、本殿へ続く階段を駆け上っていく。
「私、このゲームで絶対に勝ちたいの。優勝して1千万円もらうんだ!」
「やめてー!」
そのまま、本殿の前までやって来てしまった。追い詰められた。
「智ちゃん。他に残っている人いなかったら、私が優勝だよ」
そはらが本殿の前に現れた。
「そんなに優勝したいのか。1千万円もらってどうする気だ?」
俺は振り返って問い詰めた。
「それは……それは……いやぁー! ダメ、恥ずかしくて絶対に言えない! 智ちゃんのエッチー!」
そはらは異様なテンションで目をグルグル回しながら銃を身構えた。
そして一発、モノホンの鉛玉が放たれた。
「誰か、助け……」
俺は身を防いだ。
その瞬間、目の前に翼が舞い降りた。イカロスだった。イカロスの額に弾丸が命中し、大きくのけぞった。
俺ははっとした。イカロスはふらりと体から力を失い、羽を散らしながら倒れた。
「う、ウソだろ……」
俺は膝をついた。
そはらもようやくその銃が本物と気付いて、青くなって震えていた。
「イカロスー!」
俺は叫んだ。
「はい」
イカロスが平然と返事をして起き上がった。俺はびっくりして逆に倒れてしまった。
弾丸は額に命中したようだった。弾丸は弾かれどこかに飛んでいったようだけど、肌が痛々しく抉れていた。絆創膏を張っておいた。
「ったく、どういう体してんだよ、お前は。心配させやがって」
俺はほっとしたついでにイカロスを叱った。
そはらはまだショックが抜けないらしく、銃を構えたままの体勢で小刻みに震えていた。守形先輩が銃を取り上げると、そはらは力が抜けたように崩れ、膝をついた。
「そういえば、ニンフちゃんは?」
五月田根会長が辺りを見回しながら尋ねた。
「あいつのことだから、待ちくたびれて先に帰っちゃったんじゃないか?」
「時に、優勝はいったい誰になるんだろうな。残っていたのはどうも智樹と見月の2人だけだったみたいだが?」
守形先輩が本物の拳銃を手に、俺とそはらを振り返った。
「まじっすか!」
1千万円ゲット?
「いいえ。彼もいるわ」
五月田根会長がぱちんと指を鳴らした。
ばさばさとジョン・ウー張りに鳩が飛び交った。その後の静寂に現れたのは、あの射的屋のおっちゃんだった。
「楽しませろよ、マンマボーイ」
射的屋のおっちゃんは、異様な渋さに俺たちに微笑みかけた。
決闘が始まった。誰もいない沈黙した参道。鳥居がずらりと並んでいた。月の明かりは弱く、鳥居に添えられる蝋燭がゆらゆらと炎を揺らしている。
勝負は一瞬。先手必勝だ。
俺は拳銃を手に取った。おっちゃんはにやりと不敵な笑いを浮かべたまま、動かなかった。動かなかったように思えた。俺にはおっちゃんが銃を手に取った瞬間が見えなかった。いつの間にか、俺とそはらは額を撃ちぬかれていた。
五月田根会長は優勝者のおっちゃんに1千万円の半分の500万円を手渡した。
「優勝は夜店のおっさんよ〜。はい、山分けよ」
「ああ」
おっちゃんは札束をポケットに捻りこむと、不敵に微笑み踵を返した。
「来年もよろしく〜」
五月田根会長が手を振っておっちゃんを見送った。おっちゃんも手を振って返した。
って来年も来るのかよ。
サバイバルゲームが終って、何となく祭りもたけなわ、ていう雰囲気になってしまった。出店が並ぶ通りは何となく静かになって、人通りに活気がなかった。夜空に花火が撃ちあがり、ドンドンと太鼓を叩いたような音を辺りに散らしたいた。
俺は本殿を前にした石階段に、ぼんやり座って花火を見ていた。
「マスター」
イカロスが戻ってきて声をかけた。
「ああ、イカロスか。何か、今日は疲れたよな」
俺は微笑みかけようと振り返った。するとイカロスの泥だらけの着物が目についた。
「ああ、何だよ。せっかくの浴衣汚して……」
俺は立ち上がり、イカロスの側に行って着物についた泥を払いのけた。それから何気なく腕を手に取った。
「何だよおい、大丈夫か? 傷だらけじゃないか」
イカロスの手は、何かに打ちつけたように痣だらけだった。
「平気です」
でもイカロスは淡白に言葉を返した。
俺は何となく納得行かない気分で、イカロスのほっぺを摘んだ。
「不思議だよな。頬の柔らかさとか、その辺の女の子とかわらないのに、ピストルの弾が平気なんてな。お前、平気だとわかってて俺の盾になってくれたのか?」
「いえ、まさか自分でも……」
その答えを聞いて、俺はがっくりした。
「はは、そっか。そうだよな。自分でもびっくりだよな。じゃあ、こんなの、二度となしな」
俺はふと怖くなってしまって、イカロスの額を指で叩いた。
「へ?」
イカロスが驚いた声をあげた。
「大丈夫じゃなかったらお前、死んでもいいってか。怒ってんだよ。お前は女の子なんだ。あんまり無茶はするな」
俺は少し厳しく言って、また石階段に座った。
花火の音が、空中で轟いていた。華やかな色彩が、真っ暗な田舎の道を赤や青に染める。
ふとイカロスが俺の背中にすがりついた。イカロスは小さく震え、嗚咽のように息を引き攣らせていた。いや、本当に泣いていた。イカロスの涙が、俺の浴衣に染みこんできた。
俺は何も言わなかった。初めて見せたイカロスの感情。イカロスの好きなようにさせておいた。
作品データ
監督:斎藤久 原作:水無月すう
シリーズ構成:柿原愛子 キャラクターデザイン・総作画監督:渡邊義弘
デザインワークス:鷲尾直広 メインアニメーター:鷲北恭太
美術監督:小倉宏昌 色彩設計:日比智恵子
コンポジットディレクター:平林奈々恵 音響監督:高橋剛 音楽:岩崎元是
アニメーション制作:AIC ASTA
出演:保志総一朗 早見沙織 美名
鈴木達央 高垣彩陽 野水伊織
エンディングVer.8.0:「ワイルドセブン」
作詞:阿久悠 作曲:森田公一 歌:桜井智樹 守形英四郎
日本人映画監督リスト外国人映画監督リスト
イカロスは夜空をついーっと飛翔していた。眼下には鬱蒼とした森が続いている。
ふと森が途切れて、穏やかな平原が現れた。平原には立派に成長した木が一本、ぽつんと立っていた。そこに、ニンフが立ってこちらを見ていた。
イカロスは何となく招かれているような気がして、ニンフの前に降りて行った。
「どうだった? 地上を派手に攻撃した気分は。懐かしかった?」
ニンフが嘲るような微笑を浮かべた。
「え?」
イカロスは意味がわからなくて声をあげた。
「しょうがないな。記憶も思考もプロテクトされてるんだっけ? だったら、私が思い出させてあげる。ウラヌス・クイーンと恐れられ、シナプスを震撼させった、貴様の真の姿を!」
ニンフが進み、いきなり回し蹴り。イカロスは無防備な腹にくらい、吹っ飛んだ。背中を幹に叩きつけられた。
「どう? 何か思い出したかしら、ウラヌス・クイーンさん」
ニンフは冷ややかな微笑を浮かべてイカロスに近付いた。
「私は、愛玩用エンジェロイド。タイプ・アルファ……」
イカロスは衝撃を体に残しながら、ゆっくりと顔を上げた。
「愛玩用。笑わせないで!」
ニンフがイカロスの顔面を足で押し潰した。
「あんたをシナプスに連れて帰れってマスターに言われてるの。落し物は持ち主のところに帰るべきよ、アルファ」
ニンフの顔が邪悪な恍惚を浮かべ始めた。
ニンフがイカロスの体を蹴り飛ばした。イカロスは弾かれて地面に叩きつけられた。
「私は電子戦用エンジェロイド、タイプベータ・ニンフ。あなたを迎えに来たのよ、ウラヌス・クイーン」
ニンフはイカロスに語りかけながら近づいた。
「私は、愛玩用……」
イカロスはくらくらさせながら、身を起こそうとした。
「まだ言うの! いつこいわね!」
ニンフがイカロスの髪を掴み、引っ張り上げた。
さらに地面に突き飛ばした。
「ちょっと仕置きが過ぎたかしら」
と言いながらも、ニンフは楽しげに笑いを漏らした。
「私は愛玩用エンジェロイド……」
それでもイカロスは、同じ言葉を呟きながら身を起こした。
「……いいわ。私のハッキングシステムでメモリープロテクトだけ解いてあげる」
ニンフから光が放たれた。衝撃がイカロスを襲う。肩当が吹っ飛び、イカロスの周囲にブルーのシールドが浮かんだ。
イカロスの中で何かが崩れた。瞳の色がブルーからグリーンへと変わる。
瞬間、イカロス自身に何かが浮かんだ。
――イカロス。地上のダウナーたちを踏み潰して来い。一匹残らず。
なに?
この記憶、なに――?

「やめて!」
悲鳴を上げた。
光が消滅した。イカロスを捕らえていた理力の力も消え、ふらりと膝をつき、幹にもたれかかった。
マスター……。
じわりと目に涙が浮かんだ。留められず頬に落ちた。
「アハハハ! 何よ、泣くほど悲しかったの? 自分が愛玩用じゃなかったことがそんなにも?」
ニンフは自分を抑えられず笑い声を上げた。だが、はっとした。
「おい、ちょっと待て。貴様なぜ泣ける。私が解いたのは、メモリープロテクトだけ。思考プロテクトは解いてない」
ニンフの言葉に焦りが浮かんでいた。
イカロスの目が赤く輝き始めた。イカロス自身が輝きだし、衝撃の波が周囲に散った。
「エモーショナルプロテクト100%解除。可変ウイングプロテクト解除進行中。80……90……。自己修復プログラム開始。機能プロテクト解除進行中……」
イカロスは呪文をつぶやきながら、ゆっくりと身を起こし、立ち上がった。
ついに翼が光を放った。イカロスの髪が重力に逆らって浮かび上がる。強烈な衝撃の波がニンフを襲った。最後に、頭の上に光の輪を作った。
「自己修復完了。ターゲットロックオン。アルテミス発射」
光る翼からミサイルが放たれた。
ニンフはただちに空を飛んだ。音速を飛び越え、空気を切り裂いた。ミサイルは光の尾を引きながら、ニンフを追跡していく。ニンフは雲を突きぬけ一気に上昇し、次に降下した。ミサイルはニンフの後を追って方向を転じる。
ニンフは空中で停止し、迫り来るミサイルをかわした。
ミサイルはニンフを見失って、平原に落ちた。派手な爆音を上げて土砂を噴き上げる。
ニンフはふっと緊張とを解いた。
が、
「しまった!」
もう一発残っていた。
ニンフは直撃を喰らった。土の塊が大量に吹き上がる。ニンフは土砂に混じって吹っ飛ばされ、土の上に落下した。
ニンフは衝撃に叩きのめされながらも、よろよろと身を起こそうとした。ふと、その掌が土で汚れているのに気付いた。
「泥が……私の顔に泥がついてる! イヤー! イヤ! 汚い汚い汚いもの大ッ嫌い! おのれ……粉々にしてやる!」
空中に浮かぶイカロスを激しい形相で睨み付けた。ニンフの口から金色に輝くレーザーが放たれた。
レーザーはイカロスをめがけて飛んでいく。だが、直前で何かにぶつった。金色のエネルギーが四方に拡散していく。
「い、イージス」
イカロスの前に青く輝くシールドが現れていた。それを見て、ニンフが愕然と呟いた。
イカロスが体を横向きにし、手を前に突き出した。赤い光が集り、実体を作り出す。現れたのは巨大な弓矢だった。イカロスの左手に弓を、右手に矢の筈が現れた。矢柄の先に赤黒い焔が現れる。すでにその先はニンフを狙い定めていた。
「あの矢はアポロン! 正気か貴様! この国ごと吹っ飛ばすつもりか!」
ニンフは戦慄を覚え、後ずさりした。
「大丈夫。あなたに着弾したら、防御圏イージスを全開にして地上を守るから」
イカロスの声は冷酷に沈んでいた。
「馬鹿な! そんなことをしたら、貴様もただじゃすまない!」
ニンフは怒鳴ってやり返した。
「私はマスターのところに戻る。私は愛玩用エンジェロイド、タイプアルファ・イカロス。……お願い、引いて、ニンフ」
イカロスの顔に、困惑するような情が現れた。
ニンフはじっとアポロンの先に灯る焔を見ていた。
イカロスは筈を持つ手を緊張させて、ニンフが何か言うのを待った。弦はギリギリまで引き伸ばされいた。
「……お願い」
イカロスが言葉を重ねた。
ようやく、ニンフが緊張を解いた。
「わかったよ。だけど、いつまで騙し続けられるかしら。あんたの正体知ったら、あんたのマスターはどう思うでしょうね。あんたは愛玩用なんかじゃない。あんたは兵器なのよ!」
ニンフが光を放ち、体が分解され現実世界から消滅した。
イカロスは弓矢を消した。翼から光を消し、逆立った髪も元に戻した。ゆっくりと地上に戻る。
「……マスターに大人しくしてろって言われたのに」
イカロスは悲しみを感じて辺りを見回した。平原は荒れて土を剥き出しにしている。黒煙が夜の闇に向かって立ち昇っていた。
作品データ
監督:斎藤久 原作:水無月すう
シリーズ構成:柿原愛子 キャラクターデザイン・総作画監督:渡邊義弘
デザインワークス:鷲尾直広 メインアニメーター:鷲北恭太
美術監督:小倉宏昌 色彩設計:日比智恵子
コンポジットディレクター:平林奈々恵 音響監督:高橋剛 音楽:岩崎元是
アニメーション制作:AIC ASTA
出演:保志総一朗 早見沙織 美名
鈴木達央 高垣彩陽 野水伊織
日本人映画監督リスト外国人映画監督リスト
イカロスは夜空をついーっと飛翔していた。眼下には鬱蒼とした森が続いている。
ふと森が途切れて、穏やかな平原が現れた。平原には立派に成長した木が一本、ぽつんと立っていた。そこに、ニンフが立ってこちらを見ていた。
イカロスは何となく招かれているような気がして、ニンフの前に降りて行った。
「どうだった? 地上を派手に攻撃した気分は。懐かしかった?」
ニンフが嘲るような微笑を浮かべた。
「え?」
イカロスは意味がわからなくて声をあげた。
「しょうがないな。記憶も思考もプロテクトされてるんだっけ? だったら、私が思い出させてあげる。ウラヌス・クイーンと恐れられ、シナプスを震撼させった、貴様の真の姿を!」
ニンフが進み、いきなり回し蹴り。イカロスは無防備な腹にくらい、吹っ飛んだ。背中を幹に叩きつけられた。
「どう? 何か思い出したかしら、ウラヌス・クイーンさん」
ニンフは冷ややかな微笑を浮かべてイカロスに近付いた。
「私は、愛玩用エンジェロイド。タイプ・アルファ……」
イカロスは衝撃を体に残しながら、ゆっくりと顔を上げた。
「愛玩用。笑わせないで!」
ニンフがイカロスの顔面を足で押し潰した。
「あんたをシナプスに連れて帰れってマスターに言われてるの。落し物は持ち主のところに帰るべきよ、アルファ」
ニンフの顔が邪悪な恍惚を浮かべ始めた。
ニンフがイカロスの体を蹴り飛ばした。イカロスは弾かれて地面に叩きつけられた。
「私は電子戦用エンジェロイド、タイプベータ・ニンフ。あなたを迎えに来たのよ、ウラヌス・クイーン」
ニンフはイカロスに語りかけながら近づいた。
「私は、愛玩用……」
イカロスはくらくらさせながら、身を起こそうとした。
「まだ言うの! いつこいわね!」
ニンフがイカロスの髪を掴み、引っ張り上げた。
さらに地面に突き飛ばした。
「ちょっと仕置きが過ぎたかしら」
と言いながらも、ニンフは楽しげに笑いを漏らした。
「私は愛玩用エンジェロイド……」
それでもイカロスは、同じ言葉を呟きながら身を起こした。
「……いいわ。私のハッキングシステムでメモリープロテクトだけ解いてあげる」
ニンフから光が放たれた。衝撃がイカロスを襲う。肩当が吹っ飛び、イカロスの周囲にブルーのシールドが浮かんだ。
イカロスの中で何かが崩れた。瞳の色がブルーからグリーンへと変わる。
瞬間、イカロス自身に何かが浮かんだ。
――イカロス。地上のダウナーたちを踏み潰して来い。一匹残らず。
なに?
この記憶、なに――?

「やめて!」
悲鳴を上げた。
光が消滅した。イカロスを捕らえていた理力の力も消え、ふらりと膝をつき、幹にもたれかかった。
マスター……。
じわりと目に涙が浮かんだ。留められず頬に落ちた。
「アハハハ! 何よ、泣くほど悲しかったの? 自分が愛玩用じゃなかったことがそんなにも?」
ニンフは自分を抑えられず笑い声を上げた。だが、はっとした。
「おい、ちょっと待て。貴様なぜ泣ける。私が解いたのは、メモリープロテクトだけ。思考プロテクトは解いてない」
ニンフの言葉に焦りが浮かんでいた。
イカロスの目が赤く輝き始めた。イカロス自身が輝きだし、衝撃の波が周囲に散った。
「エモーショナルプロテクト100%解除。可変ウイングプロテクト解除進行中。80……90……。自己修復プログラム開始。機能プロテクト解除進行中……」
イカロスは呪文をつぶやきながら、ゆっくりと身を起こし、立ち上がった。
ついに翼が光を放った。イカロスの髪が重力に逆らって浮かび上がる。強烈な衝撃の波がニンフを襲った。最後に、頭の上に光の輪を作った。
「自己修復完了。ターゲットロックオン。アルテミス発射」
光る翼からミサイルが放たれた。
ニンフはただちに空を飛んだ。音速を飛び越え、空気を切り裂いた。ミサイルは光の尾を引きながら、ニンフを追跡していく。ニンフは雲を突きぬけ一気に上昇し、次に降下した。ミサイルはニンフの後を追って方向を転じる。
ニンフは空中で停止し、迫り来るミサイルをかわした。
ミサイルはニンフを見失って、平原に落ちた。派手な爆音を上げて土砂を噴き上げる。
ニンフはふっと緊張とを解いた。
が、
「しまった!」
もう一発残っていた。
ニンフは直撃を喰らった。土の塊が大量に吹き上がる。ニンフは土砂に混じって吹っ飛ばされ、土の上に落下した。
ニンフは衝撃に叩きのめされながらも、よろよろと身を起こそうとした。ふと、その掌が土で汚れているのに気付いた。
「泥が……私の顔に泥がついてる! イヤー! イヤ! 汚い汚い汚いもの大ッ嫌い! おのれ……粉々にしてやる!」
空中に浮かぶイカロスを激しい形相で睨み付けた。ニンフの口から金色に輝くレーザーが放たれた。
レーザーはイカロスをめがけて飛んでいく。だが、直前で何かにぶつった。金色のエネルギーが四方に拡散していく。
「い、イージス」
イカロスの前に青く輝くシールドが現れていた。それを見て、ニンフが愕然と呟いた。
イカロスが体を横向きにし、手を前に突き出した。赤い光が集り、実体を作り出す。現れたのは巨大な弓矢だった。イカロスの左手に弓を、右手に矢の筈が現れた。矢柄の先に赤黒い焔が現れる。すでにその先はニンフを狙い定めていた。
「あの矢はアポロン! 正気か貴様! この国ごと吹っ飛ばすつもりか!」
ニンフは戦慄を覚え、後ずさりした。
「大丈夫。あなたに着弾したら、防御圏イージスを全開にして地上を守るから」
イカロスの声は冷酷に沈んでいた。
「馬鹿な! そんなことをしたら、貴様もただじゃすまない!」
ニンフは怒鳴ってやり返した。
「私はマスターのところに戻る。私は愛玩用エンジェロイド、タイプアルファ・イカロス。……お願い、引いて、ニンフ」
イカロスの顔に、困惑するような情が現れた。
ニンフはじっとアポロンの先に灯る焔を見ていた。
イカロスは筈を持つ手を緊張させて、ニンフが何か言うのを待った。弦はギリギリまで引き伸ばされいた。
「……お願い」
イカロスが言葉を重ねた。
ようやく、ニンフが緊張を解いた。
「わかったよ。だけど、いつまで騙し続けられるかしら。あんたの正体知ったら、あんたのマスターはどう思うでしょうね。あんたは愛玩用なんかじゃない。あんたは兵器なのよ!」
ニンフが光を放ち、体が分解され現実世界から消滅した。
イカロスは弓矢を消した。翼から光を消し、逆立った髪も元に戻した。ゆっくりと地上に戻る。
「……マスターに大人しくしてろって言われたのに」
イカロスは悲しみを感じて辺りを見回した。平原は荒れて土を剥き出しにしている。黒煙が夜の闇に向かって立ち昇っていた。
作品データ
監督:斎藤久 原作:水無月すう
シリーズ構成:柿原愛子 キャラクターデザイン・総作画監督:渡邊義弘
デザインワークス:鷲尾直広 メインアニメーター:鷲北恭太
美術監督:小倉宏昌 色彩設計:日比智恵子
コンポジットディレクター:平林奈々恵 音響監督:高橋剛 音楽:岩崎元是
アニメーション制作:AIC ASTA
出演:保志総一朗 早見沙織 美名
鈴木達央 高垣彩陽 野水伊織
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